Madam.Kayoのひとり言


by madamkayo
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 ○原先生のピアノ教室も評判が良く、私が小学生の高学年になる頃には、生徒数は20人位になっていた。ほとんどが下級生のちょっとお嬢様風の女の子と、そして数名のお坊ちゃま風の男の子だった。
 私は1番弟子の名誉をかろうじて死守し、井の中の蛙とも知らず、優しい○原先生のもと、練習をしない週の悪夢はあれど、楽しいおピアノ教室は続いていた。

a0044166_14304698.jpg○原先生も自信を付けて来たのか、「ピアノの発表会」は自宅ではなく、公民館のような部屋を借りるまでになっていた。
そこでも、私は最後に弾くと言う恐れ多い役をおおせつかったけれども、この頃までの私はあまりあがる事もなく、家と変わらず弾けたような気がする。

 小学校5年生の時の発表会には「アルプスの鐘」と言う雄大な曲をいただいた。
私が好きな大きな音の和音が中心の曲調で、所々もこれまた私が好きな装飾音がキラキラとほどこされてあった。
○原先生は私の好みを良くご存知だった。このような楽曲を与えれば、私が一生懸命練習してくるのがわかっていたのだろう。
 
 この日の発表会の頃、父が検査の為に入院していた。ちょっと寂しかったけれども、引率の母の前で、母のリクエスト通りに大きな音で元気良く弾こうと思っていた。
 私が弾き終わって椅子に付くと、「パパが見に来ていたのよ。病院を抜け出して、あそこの後ろにいたのよ。ママもびっくりしたわ」「パパは?」「かよこを見て、すぐ帰ったわよ」と言われた。真面目で物静かな父らしい行動だった。一言位、声を掛けて行ってくれてもいいのに、父は私が弾いている姿だけ見てそっと帰って行ったのだった。

 そんな充実したピアノ教室にいたにもかかわらず、ピアノを持っていないと言うのが、私にとってどうしても気がかりな事だった。
 でもそれも、もう少しで解消されそうだった。我が家が引っ越す事になった。小学生6年生の夏にとある千葉の奥地?に引っ越す事になった。でもこれでピアノを買ってもらえる!

 a0044166_14314726.jpg6年1組の仲良しの皆で、豪快な元相撲部の担任の男の先生の号令のもと、建ったばかりの体育館で私のお別れ会をしてくれる事になった。新しい体育館で何かをしたいだけだったのかもしれないけれども、私はとっても嬉しかった。
 母がビンジュースを酒屋さんに持ってこさせ、皆に振舞った。皆でフォークダンスを踊ったり楽しいひとときを過ごし、最後は私が舞台に登りみんなにお別れの挨拶を述べた。何を言ったか覚えていないけれども。。。クラスメイト達は、思い思いのプレゼントを舞台にひとりづつ上って、私に手渡してくれた。女の子は貯金箱など可愛らしい物、男の子はいらない漫画本?などをくれた。ありがたい事だったけれども、母に言われた通り、誰が何をくれたかメモっておきなさいと言われていたので、メモをするので精一杯だった。
 
 感情の脳細胞が未だ出来ていない頃だった為、この時は寂しいと言う感情は湧き上がってこず、皆がこうやってお餞別をくれる事がただただ嬉しい、ミジンコ頭だった。

 しかし、引っ越すまぎわの最後の○原先生のピアノのお稽古の時間になって、やっと気が付き始めた。
ピアノを手に入れる為に引っ越すと言う事は、友達だけでなく、この優しい○原先生ともお別れだった。
 この頃の未熟者の私は、満足に○原先生にお別れを言えなかったかもしれない。でも先生はちゃんと私に最後の言葉を用意してくれてあった。
最後のピアノのお稽古が終わると、長細い色紙をくれた。それには、先生の綺麗な筆字でこう書かれてあった。

  「日頃の努力 一切に勝つ」

この言葉の本当の意味がわかるのに、私は数年かかったかもしれない・・・
                                     (おわり)

(下写真:私・中央教壇後ろ右から2番目)


『思春期編』につづく
予告:ポジティブだった幼少の頃に比べ、ぐっとネガティブになります。お楽しみに~
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# by madamkayo | 2007-01-03 14:34 | 私小説

皆様、お正月はいかがお過ごしですか?

このブログも、不規則に更新しながらも、続けてこれたのも、
温かい仲間や友達に支えがあったればこそと思っております。
ありがとうございます。

今年は、公私共に頑張りたいと思いますが、特にバンド活動を精力的に
やっていきたいと思ってます。
(2月にライブを行う予定ですが、後日、日時・場所をお知らせしますね)

働く主婦のひとりとして、決して若くはない身体をひきずりながら、
頑張っていけたらと思っております。

では、今年も皆様にとって、良い年でありますように☆
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# by madamkayo | 2007-01-01 10:44 | ご挨拶

クリスマス・ケーキ☆

メリー・クリスマス♪!
皆様、イブの夜は、楽しく過ごされたでしょうか?

娘のゆいは、バイトから帰ってから、ケーキ作りに奮闘しておりました。
とある居酒屋でバイトをしていると、私が働いている会社の社員4名様がいらっしゃって
「えっ?○○さんの娘さん?可愛い~!お母さんに喋り方とか似ているね♪」と
言われ、どんなリアクションをしていいか困ったそう(笑)
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さて、疲れている中、夜だと言うのに、ケーキ作り。
居酒屋さんの、ユニフォーム?のTシャツのまま作業をしております。
頑張り屋さんです。誰に似たのかな?
ぐうたらの母では、ないようですね。
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このケーキは、母は食べさせて貰えませんでした。
わが家は、私が買ってきた、格安のケーキ家さんのチョコレートケーキでした。
これは、明日、彼にあげるんだって。。。
残念!
転ばないように、持って行きなさいね~
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# by madamkayo | 2006-12-25 00:21 | 日記

専務宅で音楽会

先日、休みの日に、専務宅に音楽好きな社員が招かれました。
かくして、私も~

忘年会・業者会の次の日で、お疲れにもかかわらず、ご馳走を用意してお出迎えして下さいました。
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リビングのお部屋には、私の為にもと、ポールのポスターや、雑誌のギターマガジンの表紙を切り取った物など、貼ってくださり嬉しー♪
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ギターの説明会が始まり、私には、チンプンカンプン。
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でも、工務課の部下のふたりは、専務の改造ギターや数ある珍しい部品など興味津々!
メモしておけば良かった・・・

そして、お食事をしながら、DVDとビデオ鑑賞。

ポールのUSAライブから、なんとクイーンのフレディーまで。
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もちろん、専務の大好きなクラプトンも。
この後、専務はクラプトンのライブに出かけて行きました。
なんと言う、エネルギー。
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このメンバーでサプライズがあるやもしれませんよ~?♪
お楽しみに~^^
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# by madamkayo | 2006-12-10 23:50 | 日記
 『ピアノが欲しいの巻・その2』 

母親の「この家のどこにピアノ置くの?」と言う問いかけに、小学生の私のミジンコ頭は、毎日のようにくるくる回っていた。

 2DKの狭い公団住宅。6畳の居間には、大きなタンスが2つ、その上に小さなステレオがあった。それから、当時としては新型のカラーテレビ。これは、どこの家よりも早く購入したと、母の自慢だった。公団住宅の屋上のような1番天辺の屋根に、カラーテレビのアンテナが付いてからは「ホラ、うちの家だけは大きくて違う色のアンテナでしょ!高いカラーテレビをパパが買ってくれたのよ」と、我が家がある18号棟の天辺が、買い物の帰り道などで見えるたびに指を指して言うのが当時の母の口癖だった。
 話は横道にそれたけれども、あとは父の机がこの部屋にあって、壁には几帳面な父が株の動きを綺麗に赤・青鉛筆で毎日更新している大きな折れ線グラフが貼ってあった。どうもこの居間には、ピアノは置けそうにない雰囲気だ。

 では、私と弟の『子供部屋』と称している4畳半しかピアノの置き場所の候補としてはないと言うのが、消去法の考え方だ。この部屋には、私と弟の勉強机、そして母の足こぎが付いているミシンと、一生使わないであろう着物が入っている桐タンスが置いてあった。私には無駄な物ばかりに感じるが、どれも捨ててくれそうにない。

 母の「ピアノを置いたらどこで寝るの?」の答えは、こうだ!うちにはよその家にある憧れの2段ベットもない。ピアノの上に寝ると言うのはどうだろう?一石二鳥だ。ピアノをこの4畳半の真ん中に置き、弟は当時太っていたので、ピアノの1番上に載せて寝かせる。そして私はピアノの蓋の上だ。でも、あいにく私は寝相が悪い。小学生と言えども、幅30cmにも満たない蓋の上はどう考えてもやはり無理だ。
わかっていながら「ピアノの上で寝る!」と大きな声で母に反論していたような記憶がある。

a0044166_2383560.jpg そうこうミジンコ頭で考えているうちに、隣のK子ちゃんの順調なピアノの練習の音がまたしても薄い壁を越えて聴こえて来る。
私も負けじと、エレピに向かうが、鍵盤も足りないし、タッチも物足りなくどうも違う・・・そんな事を考えて練習をしていると、口が尖がってきて、母に「そんな顔しちゃダメよ。本当にそうゆう顔になっちゃうんだから」と言われたような気がしたけれども、正直な小学生の顔は作り笑顔など作れなかった。

 
 小学生3年~高学年くらいになると、曲の課題は『ソナチネ』『ソナタ』と進んで行く。
この譜面本は、作曲者順に作品が載っていて、簡単な順に番号がふってあるわけではない。だから先生が「今度、これをやってきなさい」と言うのが、宿題の順番になる。
モーツァルト・ベートーベン・ハイドン・クレメンティ・クーラウなどの、初級・中級者向けの楽曲が載っていた。
1作品につき、3楽章から構成されており、楽章ごとにテーマが全く違う主題になっている。
だいたいの作品は、まずちょっと華やかな旋律から始まる第1楽章、そして間の第2楽章は少しトーンを落としたスローなテンポのどちらかと言うと地味めな曲調になる。そして第3楽章は、元気が戻ったようなアップテンポな曲調になるパターンが、どの作曲者でも多いようだった。

 先にも述べたように、当時の私は曲の好き嫌いが激しく、派手な第1楽章とアップテンポの第3楽章は平均的に好きであった。問題は第2楽章。今、この歳になって改めて譜面を見直すと、実にしみじみと味わい深いものばかりだったと気が付いたけれども、当時、『むすんで開いて』で培われた私の脳は理解する事ができなかった。好き嫌いは別として、ちゃんと練習をすればよかったものを、あまり好きでないと感じると、一目譜面を見ただけでほとんど練習もせず、気持ちは第3楽章に飛んでいたりした。だから、いつも第2楽章で、先生になかなか○を貰えない。

 そんな事でつっかえているうちに、そんな好き嫌いはなく、コンスタントに進めているK子ちゃんが、ジワリジワリと、私が以前習っていたソナチネ・ソナタの第1・2・3楽章と駒を進めて行く。

 そうすると、私のミジンコ頭が、「ピアノさえ買ってもらえば、もっと上手になれる!いや、なってみせよう!」と叫び、ピアノの蓋の上でどうやって寝ようか?とぐるぐると動き出す。


 そんな気持ちを父は痛いほどわかっていたのだろう。新しい家を探し始めた。
小学高学年の頃の日曜日に、よく新築分譲地や、東京のマンションなどを見に行く機会が増えて来た。
 当時は今と違い、需要と供給のバランスが逆だった。現在、私はとある住宅会社に勤めていて、お客様を探すのが大変と言うのを感じているけれども、当時は欲しい人の方が圧倒的に多く、住宅建設が間に合わないような時代だった。ことごとくうちは抽選にはずれたらしく、母が「クジ運がうちは悪いのよ~」とばかり言っていた。

 諦めかけていたそんなある日「家が当たったわよ!」と言う、母の嬉しそうな声が聞こえてきた。
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# by madamkayo | 2006-11-23 23:19 | 私小説
娘の服飾専門学校の文化祭に行って来ました。
お上りさんの母は、娘が書いてくれた電車乗り継ぎ駅と時間のメモを握りしめ、
学校近くで道をちょっと間違えたりしましたが、何とか着きました。

学校前の通りを通ると、前の日の授賞式で入賞した作品が展示されていました。a0044166_22474935.jpg
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よく聞くと、クラスの4名位の共同作業だったようです。
そ・そして、ゆい達が作り上げたドレスが「3位入賞」!おめでとー!
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体育館に行くと調度、午前の部のファッションショーが始まりました。
クラスごとにテーマを決めてのクラス対抗のようです。
娘達のクラスのテーマは「西洋のオルゴール」
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かわいいエンジ色と白でまとめた、メルヘンチックな洋服。
会場が暗かったせいか、なかなかシャッターがなぜかおりず、あわてました。
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何とか数枚撮れて、ホッとしました。
あっと言う間に終わっちゃって、もっとゆっくり歩いてほしかったな~

生徒さん達が出している模擬店で、娘とその友達と一緒に、フランクフルト・うどん・チョコバナナなどを食べて、
その後文化祭をひとり楽しんでいざ午後の部へ

午後は野外ファッションショー
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今度はコーディネイトを競うショーのようです。
またまたクラス対抗で、ゆいがモデルとして出場しました。
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こちらまでドキドキしてしまいましたが、本人達はとても楽しんでいるよう。

本当に、いい文化祭でした。
ゆいちゃん、学校のお友達、お疲れ様でした!
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# by madamkayo | 2006-10-30 22:59 | 日記

もうすぐ文化祭

娘・ゆいの、服飾専門学校の文化祭がもうすぐ。
ここの所、友達と一緒に夜なべして
縫いこんでいるようです。a0044166_2251113.jpg
      (ゆいのデザイン画:このドレスのデザインではないですが) ⇒
 


自分でデザインからおこして、布を買って、裁断して・・・
予算がないので、一生懸命安い生地を探して、工夫を凝らしているようです。
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             ↑
     (3日前:ここまで出来たよ~と言う写メール報告より)


文化祭の当日は、本人でなくモデルを頼んだ子に着てもらうそうです。
背中が大きく開いたデザインのようなので、その子にダイエットを頼んだとか・・・
ゆいも他の子の服を着るようです。
「ママ、2年生最後の文化祭になるから来てくれる?」と言われたので、
何とか都合を付けて朝早く出て、東京まで行こうと思います。
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(ゆい:右から2番目
ブラウスを縫ったよ~と言う写メールより:夏)
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# by madamkayo | 2006-10-22 22:15 | 日記

恐怖の胃のバリウム検査

また、組合の秋の集団検診の季節が来た。
私は、総務として、社員さん達の都合のいい日を聞いて、ファックスで申し込みをしておいた。
胃のバリウム検査を受けますか?の欄は、全員の用紙に、はい・に○をしてファックスを流しておく。
若い社員に「バリウム検査をしなくていけませんか?」などと聞かれたりすると「若い人だって、病気になるんだから、受けなきゃダメよ」と偉そうにおばさんとして口にしてしまう。

・・・でも、実は当の私は、バリウムが大の苦手である。
その日がまた、来た・・・。
あの、コンクリートのような白いカタマリの液体?をコップ一杯飲むのは至難の業である。
医学が発達した現代、どうにかならないものか・・・などと、わがままな考えが走る。

集団検診の場所に仕事途中で車で行き、受付を済ませる。
すぐ会社に戻らなくてはならない為、制服の下は軽装で行った。
体重や視力など、余り変動がなかったので、ひと安心。血液検査の場所が混んでいた為、
空いていた、外の胸のレントゲンと胃の検査のバスの方に行く。

先に胸のレントゲンを済ませる。
そして、女性用の胃の検査のバスに入って行った。
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狭い脱衣所の所に入ると、まず係りの人がカーテンごしにすまなそうに、体に羽織る検査用の着物のような物を渡してくれる。昨今、セクハラだの覗きだの問題にされているせいか、絶対にこちらに顔を向けずに手だけ伸ばして、その着物を渡してくれる。
「こんな40歳を超えるおばちゃんに気を遣う事はないのに」と思ったりしながら、ボタンのないシャツの上から羽織る。
そう言えば、20代の頃は、お医者さんに行くと、胸もちゃんと出して聴診器を当てて貰う物と疑わなかったけれども、子供も産んで30歳を超えると、下着のまま聴診器をあててくれ、40を超えると「あ~脱がなくていいから」と服の下から手を突っ込んで聴診器を当ててくれるお医者さんがほとんどになった。そう言う時代になったのかしら?と思って主人に言うと、笑って「俺もきっとそうするな」などと言われてしまった。

どうも、男性用と違って女性用の胃の検査車の係りの方は、年齢は私達とそう変わらないような方だけれども、口調がお優しくて、ちょっとおカマちっくなぐらい、女言葉の方が多いような気がする。
「はい、こちらの炭酸の顆粒を飲んで、すぐにこちらの小さい方のお水を飲んで下さいネ~」
「は~い、ちょっと我慢してゲップを出さないで下さいね~」
「は~い、そうしましたらこちらのバリウムを少しづつでもいいですから飲んで下さいね~」
『う~、また、あのコンクリートを飲むのだワ』私は、目をつぶって少しづつ喉に押し込むように流す。
『う~、まずい!入っていかない。重い。苦しい。』
「苦しくて飲めないようでしたら、お手を上げて下さ~い」
手を上げれば許してくれるのであろうか?すぐに手をちょっと上げてみる。
「あっ、もうちょっと我慢して飲んでみましょうね~」
「あ~、あともうちょっとですよ~。は~い、ゆっくりでいいですからね~」
『な・なんだ、許してくれないのか。ウググ・・・』と、涙が出るような思いで飲み、コスイかな5mm残して、コップをそのおカマちっくな係員さんに渡す。
口の周りがオバQのように白くなったらしく、係員さんが「ティッシュはこちらですよ~」と言ってとって下さる。

a0044166_1649167.jpgゲップが出ないように、口を押さえながら、胃のレントゲン室に行くと、今度はレントゲン技師さんが、いろいろと誘導して下さる。
「では、はいスリッパをそこで脱いで、足を揃えて乗って下さい。両手はバーにつかまって。ゲップは出してはいけませんよ」
さっきのおカマちっくな係員さんとは逆に冷静な低いトーンでマイクを通して指示して行く。
ギーっと、レントゲンの台が私を乗せて、動き出した。
「まず、右の方を下にして、うつぶせになり、また仰向けになり、2回転して下さい」
と指示され、もさくさとグルグルと回転して見せる。これで、さっき飲んだバリウムを胃の中でかき混ぜてなじませているのだろうか。

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また、ギーっとレントゲンの台が動き出した。今度は頭が下の方になって、バーを押さえていないと、スルーっと落ちそうになる。
「はい、バーにつかまって~。はい、左の腰を上げて~。そこで息を吸って。はい、止めて~」バチ!っと写真の音が鳴り、また違うポーズヘ。
レントゲンの台が、シーソーのように、上に下にと動きを繰り返しながら、そこで「はい、うつぶせになってー。今度は仰向けになってー。右からもっと腰を浮かしてー。もうちょっと横。そう、そこで止まって!」と、あんなポーズもこんなポーズも、先生の低音の素敵な声で指示されていき、もはや今、我がどんな状態になっているのか分からなくなって来た。
「はい、そうそこで止まって、息を吐いて」と言われ、私はメマイまで感じて思考できない状態になっていた為、息をまた吸ってしまった。「息を吐いて。。。吐いて!」と冷静なレントゲン技師様がちょっといらついたのか2度同じ指示を出した。
やっとレントゲン写真撮影が終わり、ギーっと、最初の立ち姿の状態に戻された。
私はいっこくも早く降りたい衝動に駆られ、まだ動いているのに降りようとすると「まだですよー。止まったら降りて下さーい」とまた注意されてしまった。
これは、けっこうヘビーな運動だ。高齢者になったら、ヘロヘロになって受けられないのではないかと心配になった。

また脱衣場に行くと、おカマちっくな係員さんが、下剤の説明をご丁寧にして下さる。
「この赤い錠剤を2錠飲んで、お水を沢山飲んで下さいね。それでも、出なかったらまた更にこの2錠を飲んで下さいね。」と優しく言って下さる。『この方は、この事を何人に何回言ったのだろう、大変なお仕事だわ』と思いながら、バリウムを飲んだ後の気持ち悪さが残っているので、ティッシュをまたもらい、口を押さえて着替えてバスを降りた。
あ~、恐怖の胃のバリウム検査が終わったワ。ヤレヤレ・・・
とりあえず、今年も健康診断の結果が《やや健康》と言う事で、無事済みますように、祈るのみでございます。
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# by madamkayo | 2006-10-18 17:00 | 日記
先日、社長から、素敵な業務命令があった。

「○○さん、ジャズ好きだろ。ジャズ!今度の日曜日、招待されてるんだけれども、忙しくて行けないんだよ。行ってくれないか。そうだ、ご主人と。プレゼントだ、プレゼント」とせっかちな社長が早口で突然おっしゃった。

その日、仕事が入っていた主人も早めに家に戻り、私も支店でパソコンを持ってのお留守番だったけれども、早めに切り上げて、家に立ち寄り、急いで着替えて、18時に会場である市内の某ホテルに向かう。

某○ータリーでの集いのようで、受付で社長の名前を言って、ほどなく決まった番号の席に付いてみた。すると中央の1番前の席。またまた、チャーに続いてのVIPな席だ。最近なんだかついている。
大病院の先生や、いつもだったら一緒にお話しできないような○ータリーの偉い方達と同じテーブルであった。
病院の先生には、社長の代わりに来ましたと挨拶し、席につく。

地元のジャズ喫茶のオーナーさんである女性の司会で紹介がされ、おもむろに演奏が始まった。

第一部は、大学生達と思われる、ピアノ・ベース・ギター・ドラム・サックスのメンバーでの演奏。
譜面通りに、そつなくミスなく演奏がされて行く。
ピアノの若い女性を見ていると、私がチップスに入れてもらった頃を思い出した。
彼女もこの経験がとても良い思い出になって、もし、音楽活動を一度止めたとしても、またメンバーの誰かと再会できて、音楽を楽しめる時が来るのかな~なんて事を思ったりした。

休憩を挟んで、市長様の挨拶がご機嫌に終わり、第2部が始まった。
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第2部は、プロの演奏と歌であった。
社長が残念ながら、パンフレットを忘れてしまったので、演奏者と歌手名がわからなかったけれども、流石プロ!素晴らしい演奏が始まった。
やはり、アマとは違う。何が違うのだろう・・・ひとづつのクリアな音・リズム感・キメのメリハリ・抑揚の付け方etc。

ビリージョエルの「素顔のままで」、ビートルズ「Can’t buy me love」を見事にジャズにアレンジし、スタンダードなナンバー「LOVE」や「テネシーワルツ」を繰り広げて行く。
ハーフの女性のボーカルもリズムをとり、素晴らしかったけれども、何よりも目を引いたのが、女性のピアノだった。
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年のころは、私とほとんど変わらないと思う。でも、明らかに違うのは、理知的でしかも上品な美人、そして素晴らしいタッチのピアノ。即興も加わっているだろう、センスのいいジャズのアレンジ、技のオンパレード。
私には、出来ない。。。しばらく感動して見ていたけれども、すぐに羨望の眼差しになって行った。「いいなぁ、どうやったらあんな風にジャズが弾けるのだろう・・・そうだ、私にはリズム感がなかったんだ。それに、使えるコードも乏しい。」

音楽をやって来た人は、クラシック・ロック・フォーク・ニューミュージック・フュージョンなどを経て、ジャズかブルースに行き着くと聞いた事がある。
もちろん、今コピーをしているビートルズは、大好きだけれども、演奏技術はピアノの視点から見ると、バイエルみたいな物かもしれない。

ジャズが弾けたらどんなに素敵か・・・弾いてみたい。
会社に居ても、仕事を投げ出して、家にこもってピアノを弾きたい衝動にかられた。
し・しかし、現実は、仕事をしなくては、生活できない。ぐっとこらえて、パソコンに向かって、データーを入れる作業を続ける。

御曹司様に「昨日のジャズはどうでした?」と聞かれ、「プロの方達は、なかなかでしたよ」と答えた。
本当はその後に、「私もあんな風にピアノが弾けたならと思い、今、落ち込んでいるんです」と心の中で言ったけれども、中途半端なキー奏者の寂しい気持ちは、届かなかったかもしれない。
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# by madamkayo | 2006-10-02 23:20 | ライブ・レポート

チャーを見た!感じた!

先日、セッション・ライブを見てきました。
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場所は、昔からの老舗の原宿・CROCODILEと言うライブハウス。
バンド仲間がチケットをとって下さり、それも1番前の特等席でございました。
a0044166_2332206.jpgそうっ!これこそ、かぶり付きって感じです。
ドラムのジョニーさん主催のセッションの第2部でチャーが出演し、な・なんと、私の目の前にお立ちになりました。  (私から見て、この近さ) ⇒

かっこいい~!!!
華があって、本当にうっとり♪思わず、最初に目が合った時に、私め投げキッスをしてしまいました。
チャーさん、ちょっと困ったかな?^^;(笑)
ごめんなチャい。

その後も何度か目が合って、「Open your eyes」の曲で、目をパチクリするジェスチャーを一緒にしたり、年を忘れてハシャイデしまいました。*^^*

チャーさんが、タバコの火を貸して?ってというシグサをした時に、私、ライターを持っていなくて、思わず一緒に行った仲間に「ライター!」と叫んでしまいましたが、この時ほど、タバコが吸えたら良かったのに・・と思った事はなかったのでした(笑)


それにしても、凄いメンバーでした。
矢沢栄吉と一緒にギターを演奏しているギター・ichiro、
あのお父様が有名な日野皓正の息子であるベース・日野賢二、
なんでも弾きこなす私達キー奏者憧れの的・友成好宏、
そして、この日の主役であるドラムの神様・ジョニー!
と、現在の音楽界の王道を行くような方々の、素晴らしい演奏!
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2部で、チャーが出演なさって、ステージの雰囲気がまた違ってきました!
やっぱり、スターとしての輝きを感じましたし、他の若手のメンバーの緊張感みたいな物も感じました。
でもチャーの演奏は、変な力を抜いた、本当の巧さを感じました。
手の甲の血管まで見えるような近さで、技を繰り出す指が間近で見れて、本当に幸せでした。
知っているナンバーも演奏して下さり、嬉しかった~

それぞれの演奏テクがもの凄く高くて、目を見張りました。
ジョニーさんの、無駄な音を省いた技と、キメをはずさない熟年のドラミングは流石でした。
ベースも、親指ではじくチョッパーベースのズシリとしているのにリズミカルな音は、胸の中に心地よく響きました。
ベースギターの弦が切れた時の対応も、若いながら流石プロと思いました。
キーも、ギターを邪魔せず、でもちょっとした合間にチョンと粋な和音を挿み、また時には、激しいバッキングやソロを弾きあげ、私達キー奏者は足元にも及びませんが、勉強になりました。

何よりもこのセッションで感動したのは、どんな方と組んでも、ちゃんと合わせてしまい、また掛け合って、しゃべるように即興で音をお互い奏でて行く・・・プロの凄さを目の当たりにした感じでしたね。

今回、ブルースの良さを初めて知ったような気がしました。
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ジョニーさんの仲間と音を合わせてアイコンタクトをしている時の、嬉しそうな表情が印象的でした。
やっぱり、音を合わせるって、プロもアマも喜びを感じるのですね♪

とてつもないレベルの高さに驚き、日本の音楽界の頂点のような人達の素晴らしいサウンドを生で聴けて、本当に光栄でした。

自然に身体がリズムに合わせて動く感動は、そんなにない事だと思います。
サウンドとリズムに揺さ振られ、心が高揚し、この一瞬一瞬がもったいないような、幸せな時間でした。

本当に夢のようなひとときでした。
関係者の方々、ありがとうございました。
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# by madamkayo | 2006-09-23 00:12 | ライブ・レポート