Madam.Kayoのひとり言


by madamkayo
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カテゴリ:忠犬クロの物語( 7 )

「忠犬クロの物語」 1/7

1. クロとの出会い

a0044166_139057.jpg 昭和47年の8月、私達家族は公団住宅が手狭になった事もあって、埼玉県から千葉市のとある新興住宅街の浄水場の近くの角の家に引っ越して来た。16号線に近い方から家が建築されていき、山を切り開いた後の為、奥に行くほどまだ空き地が沢山残っていた。
そんな所だった為、飼い犬を捨てるヤカラが数名いたらしく、しばしば野良犬を数匹見かけた。多い時は5~6匹、大きい毛むくじゃらの犬から小さい可愛い犬まで、寂しいのか生き延びる為か群れをなして歩いていた。

 私は小学6年生だった。小学校の下校の時、途中の公園を通るとよく黒い犬を見かけた。団体行動をしている時もあったが、一匹で行動している事が多かった。黒い犬は子供が好きらしく、しっぽをふって子供達に近づいては、お菓子などをねだっているようだった。私は公団に住んでいた為、犬が珍しく感ぜられ、家まで誘導して家にあるおやつのおせんべいやクッキーを投げては食べさせてあげていた。黒い犬は道路に落ちてパリンと割れたおせんべいなどをおいしそうに食べた。人懐っこい犬で、全くかまれるのではないか?と言う恐怖感はなかった。母が言うには「飼われていた犬だね。でも、おせんべいを食べるなんて珍しいわ」と言っていた。そう言えば、おせんべいなどをあげても他の野良犬はおなかがすいているはずなのに食べない事があった。ここが後の、他の犬とクロの運命の分かれ道だったかもしれない。

 私と弟は自然にこの黒い犬を「クロ」と呼ぶようになった。クロもこの兄弟のいずれかに付いて行けば何かしらの食べ物をもらえると学習したらしく、毎日のように学校の登校・下校に付いて来るようになった。序々に情が移っていったのは、当然のなりゆきだった。何とかしてクロを飼いたいと思い始めたが、両親が簡単に許してくれるとは思えなかった。ある日母に「クロを飼いたい」と言ってみたが「お父さんはチワワを飼いたいらしいわよ」と言うのだ。今でこそ、どうするア○○ル?などでチワワは有名になったけれども、その当時は、昔殿様が座った傍らに抱えられているような白黒のお鼻がつぶれたような犬のイメージしかなかった。「あの犬を飼いたいの?」とピンとこなかった。
 クロにおせんべいをあげながら「クロ、飼ってもらえないみたいだよ」と話かけてみたが、パクパク・パリパリと美味しそうにクロは食べているだけだった。

 でも、それからその話の意味が分かったのかどうだか、クロの巧妙な計画が始まり出した。なんと父の送り迎えまで始めたのだった。お人よしの私達兄弟より早い時間に家から出て、また夜に帰ってくるご主人様がこの家にいる事をかぎつけたようなのだ。朝は玄関近くで待って父と一緒に公園を突っ切りバス停まで送り、また夜帰る頃は公園近くで待っていて、バスが着くと父が下りるのをお座りして待ち迎え、家までお送りする作戦であった。これには頑固な父も参ったらしい。「何かクロがパパのお見送りをしているらしいわよ」と母が父から聞いて、私達に伝えた。「本当?」と私は言い、なんだか想像しただけで笑ってしまったが、微笑ましい光景に感じた。「クロ、頑張れ」と密かに応援していた。

 ある日曜日、みんなで庭に出て、父はご自慢の庭の花壇の手入れをしていた。私は弟と遊んでいると、またクロがうちの前を通りかかった。母が「お父さんがクロを飼っても良いって言ってるわよ」と言った。「えっ!本当?!」「クロ、こっちにおいで!」「大変だ、縄か何か繋ぐもの・・あっ、縄跳びがあった」と弟と2人の縄跳びを繋いで長くしてクロを呼んだ。クロはまた何かくれるのかと思い私達に近づいて来た。「クロ、飼ってもいいんだって!」と言って首にその縄跳びを臨時の首ひもとしてつないで、庭に入れてあげた。
 そうすると、クロが突然信じられない行動をした。クロは庭の中ほどに入れてもらうとジャンプを始めたのだ。それも私達の顔や肩ほどまでの高い高いジャンプをした。何度も何度も嬉しそうに、カモシカのように飛んだ。それは「えっ、私を飼ってくれるの?」と嬉しい気持ちを身体全体で表しているように見えた。「この犬、飼ってくれるってわかって喜んでいるんだね」と母が言った。クロは「ありがとう、ありがとう」と言っているように見え、今までの捨てられた寂しさと飼い主を探し求めていた気持ちを伝えようとしているのか、ジャンプしては私たちの顔をなめ、抱きつき、シッポをあらんかぎりふっていた。「そうだよ!今日から、このお家の犬になるんだよ!クロ!クロ!よかったね。よろしくね!」

 この日から、ちょうど10年間ほどクロとの生活が始まったのでした。

                                              つづく・・・

(写真:私・中学1年生、弟・小学4年生。クロ・推定3歳。-夏-)
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by madamkayo | 2005-09-10 13:10 | 忠犬クロの物語

「忠犬クロの物語」 2/7

2. クロの出生の秘密

a0044166_13652100.jpg クロは、色からしてオスのような感じだったけれども、立派なメスだった。拾った時、ちょっとおっぱいが垂れ下がっていた。母が「きっと1回、子供を産んだ事があるね。それも近い時に」と言った。そう言えば、クロは赤ちゃん犬を見かけると異常に反応した。クンクンと匂いをかぎ、何か「クークー」と泣きながら、必死に自分の傍らに近づけようとした。きっと、前に飼われていた家で産んだのかもしれない。そして、子犬と引き離されたのではないかと推測した。可愛そうなクロ。

 飼ってしばらくした頃、いつもより少し遠出をして、散歩をしている時だった。自転車で前から走って来たおじさんが「あれ?」と言って後ずさりするように、私とクロの方に戻って来た。「お嬢さん、この犬はどこでもらったんだい?」と50~60代の知らないおじさんに声をかけられた。

「いえ、もらったんじゃなくて、この辺で拾ったんです。」と言って行こうとするとまた、おじさんが「おぉ、この犬は、チビかもしれない~!」と叫び出した。
困った!知らないおじさんに付いて行ってはいけないと親から厳しく言われていたのに、知らないおじさんが付いて来る!
それに、うちの犬は『チビ』ではなくて『クロ』だ。

 更におじさんはクロを見ながら、話を続けた。「おじさんの所のメス犬がね、2年前に子供を5匹産んでね。どんどん引き取り手ができて4匹貰われて行ったのだけれども、最後まで残って一番小さくて弱っちい子犬を『チビ』と呼んでとても可愛がっていたんだよ。でもね、そのチビもようやく貰い手ができて、あげたんだけれども、その後チビだけが消息がわからなくなってたんだよ。」と頼んでもいないのに、いろいろと説明しだした。
 更にクロを観察し続けていたおじさんが叫び出した。「あぁぁ、この足の先の白い所。通称、『白タビ』とも呼んでいたんだけれどもね、こうやって4本足の全ての足が白くなっているのは珍しいんだよ!」と言われた。そう言われてみれば、クロの足は足袋を履いたように先端が白くなっていた。今まで、そんなに気を付けて見た事がなかった。
 おじさんは馴れ馴れしく、もう我慢できないと言うふうに自転車から降りて、クロの胸元を触り始めた。「この模様の感じも間違いない!あぁ、目の上の所と口元も微かに白くなっている。チビに間違いない!あぁ、チビ、ようやくお前を見つけたよ!」と許してもいないのに、なでなでし始めた。どうも、おじさんは断定したらしい。
 「よくぞ、チビを拾って下さった。今度、お嬢さんのお家にお礼に行くから、場所を教えてくれないか?」と聞かれた。もう、ここでうちの住所を教えない事には、解放されないと思い、うちの場所を教えて、おじさんと別れた。

 家に帰って母に事のあらすじを説明した。すると何日かたって、おじさんは沢山のお土産を持って本当にうちに現れた。おじさんは、クロの母親と称するメス犬の愛犬の写真を見せてくれた。「ン?似ているといえば似ているし、似てないといえば似ていない・・・微妙な感じ・・・」と思った。私のちょっと不満そうな顔を見破ったのかおじさんがすかさず「この毛並みの感じはちょっと違うんだけれどもね、オス犬の方がスラッとしていて、チビと同じような毛並みなんだよ。」と言った。お母さん犬は、顔は似ているようだけれども、毛並みが長くてなんだかちょっと違う。まぁ、どちらにしても、雑種であるからにして、おじさんがそれで良いと思い込んで、幸せな解決に導かれたのであればそれでいいや、クロはクロなのだからと、中学生だった私は思ったりした。

 でも、このおじさん達との友好関係はクロが縁で、そしてクロが亡くなった後でも続いた。父を亡くして母が寂しいだろうと、尋ねて来ては旅行に誘ってくれたりして、本当に情の深い人だった。クロはそう言った意味でも、幸せな出生だったのかもしれないと思った。

                                         つづく・・・

(写真:友達と犬の散歩:中学2年生頃。クロ・推定4歳。)
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by madamkayo | 2005-09-09 13:07 | 忠犬クロの物語

「忠犬クロの物語」 3/7

3. 過去の習性

a0044166_1364947.jpg そんな過去を思わせるクロも、どうも野良犬だった体験も拭いさる事ができなかった。散歩の途中に誤って綱を手から離してしまうと、勢いよくどこかに行ってしまった。飼ってもらった喜びの反面、自由だったあの頃に返りたかったのかもしれない。

 以前、某・テレビ番組で、『ナスビの懸賞生活』と言うのを放映していたけれども、当初ナスビさんは裸になるのをひどく嫌がっていたが、その生活も長くなると、逆に終わった時、服を着るのがなんだかイヤだと言っていた事があった。不自由さと引き換えに自由を手にしてしまった者は、その開放感が忘れられなくて、戻りたくなってしまうのかもしれない。

 クロは「散歩が命」のように事の他、散歩が好きだった。メスのくせにテリトリーを気にして、行く先々の木の根元や電信柱の下にオシッコをちびりちびりとしてマーキングして行った。さすが元・野良犬だけあって縄張りと言うかテリトリーが広く、そのオシッコの分け具合は最後の一滴まで無駄にしない絶妙なものだった。そのテリトリー取りの時、勢い良く引っ張られた瞬間に、うっかり綱を手から離してしまおうものなら、大変だった。勢いよくどこかに脱走してしまうのだ。

 それも、私が「あっ、放してしまった・・どうしよう。」と慌ててオタオタとへっぴり腰で綱を追いかけていると、それまで気が付かず「あれ?なんだかいつもより綱の感じに余裕があるなぁ・・」と悠長に2・3歩、歩いたクロが後ろを振り向き、私と私の手元、そして放れて地面に落ちた綱の持ち手の輪の所を見たとたん「シメタ!」とばかり、身体を丸めるように全速力で走り始める。おまぬけな私も「クロー!待って~!」と追いかけるけれども、なにせ体育の成績2をとった事もある実力?の足では捕まえられるはずもなかった。
 クロは何度か後ろを振り返りつつ、どんどん走って行った。必死に追いかけたけれども、どうも私との距離を一定に保っているようだ。だから、追いかければ追いかけるほど、また私の姿を見て、勢いをつけて嬉しそうに更に遠くに行ってしまう。平行するように100mから200m先に行ってしまうので、いつまで経っても捕まらない。でも、そんな時私が遠くから眺めていると、以前の野良犬仲間とジャレ合って遊んでいるのが見えた事があった。「そうかぁ。クロもお友達やボーイフレンドに会いたかったんだなぁ。しょうがないや。」と私は疲れてトボトボとひとり家路に着いた。しかたなく家に帰って待っていると、また捨てられてはたまらないとばかり、ヒョコヒョコ綱を引きずったまま足早に帰って来た。その顔は、何だか満足したけれども、一抹の不安があるような「えっ?!私、入ってないのに門を閉めちゃうの?」なんて顔をしているようだった。「あ~、クロ帰って来た。もう、しょうがないんだから~!」と言って家の小さな門を開けてあげると嬉しそうに入って来た。
 
 夕飯を美味しそうに食べるクロを見ながら、何だかホッとして「クロ、もう脱走しちゃダメだよ。」と言ってみるけれども、クロはお腹が空いているのか、夢中になってご飯をガプガプ食べるだけだった。
                                  つづく・・・
(写真:私・中2位、クロ・推定4歳。夏)
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by madamkayo | 2005-09-08 13:06 | 忠犬クロの物語

「忠犬クロの物語」 4/7

4. 甘党の悲劇

a0044166_1345816.jpg クロは、何でも食べた。犬は雑食と言われているけれども、お菓子など特に甘い物が大好きだった。味覚がわかっているかわからなかったけれども、好んで食べた。だから、野良犬の時、拾われるきっかけになったのかもしれない。

 お菓子だけでなく、とうもろこしや焼き芋なども大好きだった。
焼きとうもろこしをあげると、フセのかっこうで、前足を上手に使って、とうもろこしの枝の所を押さえて、回すように歯でしごきながらじょうずに食べた。好物の物をあげると小屋に入って、大切に一生懸命食べていた。

 秋など、庭で落ち葉を集めた所で焼き芋をした時などは、クロにも分けてあげた。お芋も甘みを感じたのかどうだか、美味しそうに食べた。落ち葉の中に焼き芋があると学習したクロは、いつだか火が消えた後のくすぶった焚き火に鼻をつっこみ、ちょっと火傷をして、「ヒン」と言って、慌てて小屋に戻り、なめながら前足で鼻をこすって、私達を笑わせた事があった。

 ある年の夏の住宅街の盆祭りの時、私はいつものとおり公園に行き、盆踊りを見学して帰って来た。その日はあまり友達に会えなかったので、リンゴ飴だけ買って早めに帰宅した。リンゴ飴はあまり食べた事がなかったので、衝動買いのようなものだった。思ったより美味しく感じられず、綿飴にすればよかったとちょっとがっかりした気持ちで、「ハイ、クロにあげる」とヒョイとそのままクロにあげてしまった。
 家に入ろうとした時だった。「グガァガガガァ~!」と言う声がクロの方から聞こえて来た。なんとクロはリンゴ飴がつかえてしまったのだ。りんごの周りに付いていた飴がまだ少し柔らかかったらしく、ペロンと一枚に剥がれて、クロの口の中の上あごにそのままひっついてしまったらしい。「あ~~っ、クロが大変だぁ!」と私はすぐクロの所に戻って、手でかき出してあげようと思ったけれども、クロは凄い形相で前足を自分の口に入れて、土を掘るように必死にかき出そうとしていた。でも、ぴったり上あごの形にひっついてしまった飴は容易に取れなかった。私は、小枝を拾って来て、クロの口につっこもうとしたけれども、クロの前足は口の中で交互に走っていて、私の応戦は何の役にもたたなかった。「クロ~、頑張れ~、クロー、クロー!」と私は、声を押し殺すようにクロの傍らで叫ぶしかなかった。こんな所をしっかり者の弟にでも見つかったら「お姉ちゃん、また何やったんだ?」と言われかねない。
 
 「月が~出た出~た~、月が~出た~、あ・よーいよいっ♪・・・」と未だ盆踊りの騒がしい音が聴こえる中、「クロ~、頑張れー!クロー!」・・・「グガァガガガ・・グェグェ・・・」・・・と言う死闘はしばらく続くのであった。

                                    つづく・・・
(写真:私・中学3年生頃、クロ・推定5歳)
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by madamkayo | 2005-09-07 13:03 | 忠犬クロの物語

「忠犬クロの物語」 5/7

5. クロは天才?

a0044166_1314660.jpg クロは、飼う前から『お座り』『お手』ができた。野良犬の時、お菓子をあげようとしたら、お座りをしてシッポを振っている事があった。もしかしてと思って「お手!」と言ってみると、前足を片方、姿勢を正してピッ!と上げた。お菓子をいただけるのなら、何度でもやるからと言わんばかりの顔つきだった。きっと前の飼われていた家で教えてもらったのだと思う。

 私達が飼ってからも、クロは更なる向上心と言うか、この姉弟の勝手な興味から、もっと技を磨こうといろいろ教えられる事となる。。。

 『お手』ができるのだから『おかわり』ができるだろうと、両前足を私達が出した手に載せる練習もさせた。クロは応用編だったからか、難なくできた。この姉弟が何度「お手」「おかわり」と言っても、何度でも律儀にやってくれる。今、思うとクロもお菓子や餌をもらう為に大変だった。
更に餌をあげる時に『待て』『よし』も私達の顔色を見ながら、出来るようになった。『フセ』なども、初級コースを短い期間でこなしたように記憶している。

 私達、姉弟は中級コースとして今度はクロに「ワン」と言わせてから、餌をあげるようになった。「クロ、ワンは?」と言うと「ワンッ!」と元気よく、メスのわりには野太い低い声で吠えて餌を貰った。
 いつかTV番組で、『算数ができる犬』を見た。どうみても、飼い主の顔色を見て犬が吠えているだけのようだった。これならクロにもできると思い「クロ、5-2=?」とクッキーをぶらさげて言うととりあえず「ワン!」と言う。クロが私の顔を見て、足りなそうなのでまた「ワン!」と吠える。それでも足りないのかなぁ~?と上目使いで私の顔色を見てもう1回「ワン!」と野太い声で吠えた。そこで私が「イイ子だねー♪ハイ、よし!」とクッキーをあげると、やっともらえるとばかり、カプッと食べた。「クロは天才だー!」と言って、勝手に弟と喜んだ。

 ワンが3回言えるのだったらこれは・・・「ワン・ワン・ワン」と言うと、「こんばんは」に聞こえるのではないかと、無謀な事を思いついた。クロには、ただただはた迷惑な発見だった。「クロ、コンバンワンは?」と言うと「ワンワンワン」と一応言う。「う~ん、ちょっと違うんだなぁ。『コゥン・ゥバン・ゥワン』だよ」と何回も言わせてみる。だんだん良い感じになって来たので、当時良く使っていたラジカセで録音してみたりした。「これなんか『こんばんは』に聞こえない?」と弟と大笑いしたりした。
 この上級コースの「しゃべる犬」へのあくなき挑戦は、日々クロもやらされ?いえいえ、クロの努力の元、この姉弟があきるまで、しばらく続くのであった。

                      つづく・・・
(写真:私・高校一年生頃、クロ・推定6歳。家のバルコニーで。-冬-)
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by madamkayo | 2005-09-06 13:00 | 忠犬クロの物語

「忠犬クロの物語」 6/7

6. クロの苦手なもの

a0044166_12591353.jpg クロは一応、番犬をしてくれた。裏の庭から誰かが入ってくると、「ゥワン・ワン」と吠えて、客人が来たのを知らせてくれた。でも会った事がある人物や、初対面の人もお菓子を持って来てくれればすぐにシッポを振って喜んで出迎えていた。この場合は番犬になっていないので、泥棒が食べ物を持参して来た場合は要注意かもしれないと、良く家族で笑っていた。そんなクロでも、異常に吠える時があった。作業服を着た人やヘルメットをかぶった男の人が入ってくると、うなるように吠えた。母が「野良犬の時、きっとこの辺の建設現場の作業員の人にいじめられたのかもしれないね」と言っていた。言われてみればそれは何か恨みでもあるように怒って吠えているように見えた。でもたまたま知人がヘルメットを取り「クロ、俺だよ」でも言えば、「あれ?」と言う顔をして吠えるのをやめたりした。だから、その格好だけに反応していたようだった。もし、O氏が残暑見舞いコンサートの後にあのイデタチのままで私の家に寄って裏庭から入ったら、間違えなくクロに吠えられただろう。でも、ヘルメットをとれば、この人は良い人とわかりシッポを振った事と思う。

 またクロは、花火が大嫌いだった。家は公園のそばだった為、夏の夜ともなると、近所の家族達が花火をしている音がよく聞こえて来た。『ヒュ~パンッ!』という音が聞こえるとほぼ同時に、クロの「ヒンヒン」と泣く声がした。そうして、もし喋れたら「開けて入れてちょーだい!」と言っているかのように「ヒンヒン、ウォンウォン」と泣いて、金網をカリカリと前足で開けるようにして入ろうとした。でも綱がそこまでしか伸びず、ちょっと開けたそこから鼻先だけ非難したカッコウになっていた。今思えば可哀想な事をしたけれども、夏になると日常茶飯事なので、「クロ、我慢ガマン!」と声をかけるくらいだった。だって、クロは雑種とは言え、どうも風貌は狩猟犬に近い感じがしたので、そばに行って「クロ、世が世なら、ご主人様が鉄砲でバン!と打ったら獲物を取ってこなくちゃならないんだよ。それをシッポを丸めて逃げてるようじゃダメだよ。」なんてお説教したりしてしまった。すると下から覗くように目をまん丸く開け私を見つめ、情けない顔をした。

 そして、なんと言っても天敵は、ねこだった。家はゴミステーションに近かった為、野良猫が庭に出入りするようになった。母や私がたまに餌をやってしまったのがいけないのだけれども、そのうち子猫を一匹飼う事になってしまった。その猫はチビと名付けられ母に猫ッ可愛がられる事となる。これには、クロはたまらなかった。最初は「オゥンオゥン」と怒って吠えていたけれども、どうも自分が部が悪い事に気が付き始めて、自分の餌などは誰も取りはしないのに、意地になって早く食べるようになった。おかげで歳をとってもクロは食欲旺盛で元気であったけれども、今思うと可哀想だったと思う。

 先日、実家に行って弟に「クロのお墓って小屋があった裏のあたりだよね。今は草がボウボウだけれども」と聞いたら、「そうだよ。チビの隣だよ。」と言われた。・・・・クロの苦労はまだ続いているようであった。
                                   つづく・・・
(写真:クロ・推定10歳、私・二十歳。-正月-)
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by madamkayo | 2005-09-05 12:59 | 忠犬クロの物語
7. クロ、天国へ逝く

a0044166_12553375.jpg 今年の夏休み、久しぶりに実家に行った時、またしてもできの良い弟に昔話をされてしまった。弟も私同様、歳のせいか昔の事ばかり思い出すらしい。
 父の話から私の昔の話に移り、自分の嫁さんに20ン年前の思い出話を始めた。「そうなんだよ、お姉ちゃんの帰りが遅いと俺が怒られたんだよ。お父さんが「かよこは未だか?」と俺が悪くないのに俺に怒り、『迎えに行って来い!』って始まるんだよ。」と長年の鬱積した物を嫁さんに説明していた。「え~またその話?」と半ば笑って、また私は弟とクロがバス停に迎えに来てくれた姿を懐かしく思い出していた。先にも紹介させてもらった事があるけれども、クロは私が帰り乗って来たバスが見えたとたん、誰も教えていないのに、ピタッと姿勢良くお座りをして迎えてくれた。クロのお座りの姿は本当に美しいものだった。そしてこちらをジーっと見て微動だにせずバスが目の前に来るまでずっと人間が正座をしているように静かに待っていた。クロは、バスが大好きな人を運んで来てくれる特別な乗り物と思っているらしかった。
 「それにお姉ちゃんは、ひとつもクロの散歩をしなかったんだよ。」とまで説明していた。「えっ?中学・高校生くらいまではちゃんと当番を決めてやっていたでしょう?」「いいや、(笑)その時から、サボっていて友達が向かえに来ると気が向くのか、「今日は私が行く♪」と散歩に行っていただけだよ。」と面目ないほど言われてしまった。

 父の仏壇にお線香をあげ、この日はクロの分も立てて2本ともした。そしてクロが亡くなった頃の事を思い出していた。父が亡くなった次の年、「この中の家族より、クロが長生きするなんてねぇ」と口走ってしまった。犬は寿命が短いので覚悟していたものの、クロはなんとなく運が良く、このままもっと長生きしてくれるような気がしていた。でも、その私の言葉がわかったのかどうだか、その年からみるみるうちにクロは弱って老衰して来たのだった。
 でも、私はクロがかなりひどい状態になるまで気が付かなかった。私が中学生位まではクロが私の頭の中では、1番手か2番手にいた。そのうち、優先順位が変わり、自分が二十歳を過ぎた頃は、就職先の仕事の事、バンドの事、彼氏の事、友達の事etc・・とクロは私にとって4番手・5番手となって行ってしまった。クロにとって、私達はいつも1番手だったのに・・・
 
 クロは推定12歳になった。歩くのもおぼつかないクロを見て、「いつの間にこんなに弱って!」と私はショックを受けた。クロはいつまでも私にとっては、綱をひっぱって散歩をし、姿勢よく座る、元気の象徴だった。ヨロヨロしたクロには外の生活は可哀想だと、家のリビングに新聞を敷きつめ開放して入れてあげた。何日もいても、クロはソソをしなかった。家の中ではしてはいけないと我慢していたらしい。「クロ、オシッコしてもいいんだよ。」と言ってもなさけない目をしてシュンとしているだけだった。ある日、母とクロを抱っこして、公園に連れて行ってあげた。「クロ、オシッコしていいだよ。」と言ってもクロはヨボヨボと立っているだけで、無反応だった。「クロ、耳も聞こえなくなったの?クロ!クロッ!」と呼んでも聞こえないらしく、こちらも見ていない。「クロ、お姉ちゃんが見えなくなっちゃったの?」とクロの顔に私の顔も押し付けるように寄せてクロの目を見た。その目は少し白く濁っていた。「クロ、お姉ちゃんだよ。わかる?わかる?」と顔をくっつけて私は思わず大きな声をあげてしまい、クロを抱きしめた。するとクロはちょっと乾いた鼻から匂いを嗅ぎ取ったのか私だとわかったらしく、力なくパタパタとシッポをふった。ごめんね、こんなになるまでほっておいて、ごめんね、ごめんね、クロ!

 その数日後に、クロは静かに息をひきとった。でも、その時の事を全く覚えていない。思い出したくないからなのか、私が会社に行っている間だったのかも思い出せない。ただ覚えているのは、息をひきとったクロを、弟は自分の部屋に運び、ベッドの横の新聞を敷いた床の上に置き、クロと最後の夜だからと一緒に寝た。私は弟の部屋を通らないと自分の部屋に行けないので、見ないようにして自分の部屋に行った。私は弟のようにクロの死を直視する事ができなかった。クロが死んだなんて信じない!と思って寝たのを覚えている。
 次の日、会社から帰って来ると、母と弟が焼き場に行ってくれたらしく、クロがお骨になっていた。また、うちはひとり減って寂しい家になってしまった。その時、母が「クロ、もうお父さんと会ったかしら?」と羨ましそうに言った。「そうだね、もう会ってるね。」と弟が答え、「私達が心配で天国に行けないお父さんをちゃんと送ってくれているよ。」と私が言った。父は会社に行く時のように背広とコートをきちんと着て天国へのバス停に向かい、その後ろをクロがお供として黙って付いて行く姿が、私達には、はっきり見えたような気がした。「クロ、お願いね。お父さんをちゃんと送ってね。頼んだよ。」   おわり

(写真:クロ・推定11歳、私・21歳、母・?歳。-秋-)
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by madamkayo | 2005-09-01 12:55 | 忠犬クロの物語